月夜見  
“甘いの辛いの”
      
*TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより
  


 そりゃあ沢山の人口に満ち満ちていて、そのまま活気もあふれてる。そんな“グランド・ジパング”というお国のご城下に、いつだってお元気な、お元気がすぎて型破りな岡っ引きの親分さんがいた。その名もモンキィ・D・ルフィといって、先代からの名跡を継いでまだそんなに経ってもない、むしろまだまだ“駆け出し”で通るほどの若い衆だが、既に幾つものお手柄を立ててもおり。勢い余って物を壊したり、いつぞやなどは暴れ過ぎからお城の天守閣に穴を空けたりもしたほどだったが、それでも“善哉善哉♪”と甘やかす藩主様からの庇護もあり、事件とあらば脇目も振らず駆けつけるお勤めぶりで、ゴムゴムの技を駆使しては、悪党共をお縄にする活躍ぶりには、町の人たちも威勢のいい快哉の声を掛けるばかり。時々は多大なるご迷惑をかけもするけれど、陽気で明るいそのご気性が、町の人々からも慕われている、評判の親分さんなのである。

 さてさて。前回も何やらくだくだ並べたのですが、今回もまた、余計なお世話の余談を一席。

 このお話の設定はそうだってんじゃなさそうですが、まま、風俗的なところが重なるのでと。触れておきたくなったのが、お江戸の町家の暮らしのお話。江戸の町は当時の世界一の人口を誇った大都市であり、しかもしかも、色んなことがきちんと整備された、なかなかに優れものの町でもあったとか。例えば長屋ごとに井戸が完備しており、武家屋敷の多い町では各屋敷まで水を引いた、今で言う“上水道”も完備していた、とか。ごみの収集というのも決まっていて、月に何度という回収日がちゃんとあった、とか。長屋の大家と店子の関係にしてもお寺と檀家の関係にしても、そりゃあしっかりした結束があり、大家さんは何と、職捜しからお見合いの手配まで、店子からのどんなことでも相談に乗ってやり、ぶらぶらしている者や職に困っている者を放置などしなかったのだそうで。あと、捕り物でばかり引き合いに出されるお奉行所ですが、実は裁きの大半は民事訴訟系統のものが多かったそうで。つまりは、金の貸し借りとか、抵当にされた物品家屋に関わる権利問題などなど、そういう訴えを毎日次々裁いて(捌いて?)もいたそうで、それへの訴えには大家さんが原告本人の身元を証明するのも兼ねてお付き合いすることとされてたそうな。そんな具合で、市民生活へのフォローも万全とあって、だからこそ、人口が途轍もなく多くてもそれなりの整然さを保ったままに何百年も続いていられたのでしょうし、逆にいやあ、そんなところへまで目を配ってただなんて、将軍様はともかくも、奉行や何やっていう代々の執政官の方々も、町の大家さんもそりゃあ大変だったんでしょうねぇ。

 そんな風にして人が多く住むところなので、産業もどっちかというと、職人工人の物づくりや、はたまたサービス業にと従事している人のほうが多い。共働きも珍しくはなく、そんなせいか、夫婦ものでさえ自宅の土間や台所でご飯を炊くのは朝だけで、昼間は出先で、晩は屋台や店屋で済ます人が大半だったそうで。それで食べる物関係の物売りも多かった。地つきのお店はもとより、屋台を据えてのものもありゃ、ぼてふりといって、天秤棒の前後に縦に細長い箱を提げ、売り声も独特に売って歩くものもあり。季節ものを扱うものには、冬はおでんに燗酒といった熱いもの、夏は冷たい白玉やトコロテン、なんてのが定番…と思われそうだが、夏場でも熱いものは売っており。お腹を冷やさぬようにというのと夏ばてしないようにと、わざわざ熱いままの麦茶(麦湯)やあめ湯を飲んでいた。あと、暑さ負けのお薬“定斎”を売る定斎売りは、薬を入れた漆塗りの担ぎ箪笥をやはり天秤棒の前後に振り分けて担ぎ、速足で歩きつつ、その金具を調子を取って“かったかった”と鳴らすのが売り声の代わりだったとか。

  「おやっさん、邪魔するぜ。」

 冬の寒さは今が一番きついという頃合いだが、それでも宵が訪れるまでの暮れの明るさも随分と長くなった。黄昏間近いとはいっても、まだ陽は沈んでおらず。辺りも十分に明るいってのに、ちょいと場末の曲がり角にドルトンの親父さんの屋台がもう出ていて。だが、時刻を考えるとそんなに意外だと言うほど早くもない。
「おや、ルフィ親分。見回りですか?」
「まあそんなとこだ。」
 う〜寒いっと、腰掛けた床几の座面へまで足を上げてしまう彼であり、あんまりお行儀のいいこととは言えないが、きんきんとした寒さが足元から来るのだからそれも已無しと、屋台の主も苦笑混じりに見て見ぬふりをする。
「いつものでよろしいか?」
「おう、熱いのをな。」
 晩ご飯と夜食とで、日に4、5杯はお世話になってる熱々の蕎麦が親分の“いつもの”で。大柄でいかつい体つきとお顔をしてなさる主人、湯を沸かした銅壷の蓋を開けると、それは手際よく かけ蕎麦を作り始める。元はお武家でもあったのか、あんまり判りやすい愛想は出来ない、至って不器用なお人だが、立ち居振る舞いに機敏な冴えがあり。大柄だと細かい身動きが鈍重にもなりそうなところ、実に切れよく手順をこなす。蕎麦の他にも季節に合わせたものをおいており、今だと湯きり銅壷の隣りでおでんもくつくつ煮えている。暮れなずむ中に立ち上る、いいおダシの匂いと白い湯気が、売り声など立てずとも客人を招くようで、
「へい、お待ち。」
 よくよく見れば縁の掛けた、されど使い込まれたところもまた味のうちという風体の、ごつい丼、勿論の中身いりを目の前へと置かれて、わくわくと箸を手にした笑顔の親分のすぐ隣り、
「…酒はあるかい?」
 少々ぶっきらぼうな調子ながら、次のお客が腰掛けつつの声を掛ける。
「ございますよ、燗をつけましょか。」
「頼む。」
 いつだって腹ぺこな親分が、出来立ての美味しそうな食べものを前にしてそれ以外へと関心が向くということは、犬が逆立ちして目の前を通り過ぎようと、住まいを置く長屋からの不審火が出ようと。藩主様のお命に関わるような一大事が持ち上がろうと、お天道様から大量の餅が降って来ようと…あ、それだと案外と判らないかも知れませんが。
(おいおい) まず滅多なことではその食い気が逸らされることはない筈だというのに。

  「………んんんっ?!」

 口からお蕎麦を4、5本ほど垂らしたまま、思わずのこと親分のお顔が真横を向いている。聞き覚えのある声とそれから、頭から外されたまんじゅう笠の下から現れた、精悍な横顔とに、重々覚えがあったのと、
「ん〜っ! んん〜〜〜っ!」
「何か言いたいのは判ったから、口ん中のそれだけでも喰ってからにしな、親分。」
 ぶはっと吐き出したり、ぶつぶつぶつっと蕎麦を切らないまんまで抗議のうめき声を立てる岡っ引きの親分さんへ、そっちの側からも“知らない相手でなし”と、そんな気安いお声を掛けてる彼こそは。
「…坊さんっ!」
「へいへい、確かに坊主でございますよ。」
 でもね、思い切りの至近距離から指を差されて、しかも他の僧侶と一緒くたな呼び方されるのは、ちょ〜っと腹立たしいんですけれどと。口の端が引きつったような笑い方をする、年若いお坊様。といっても、その頭には…短いとはいえ まだちゃんとブラシを掛けるに十分な髪が載ってるし、袈裟をまとっている訳でもない。墨染めの僧衣こそ着ているけれど、その僧衣もあちこち擦り切れてるし、関係なさそうな…風呂敷の遣い回しみたいな布を外套代わりにまとってもおり。どこぞのお寺に在籍しているというそれではなく、居所を持たぬままの流れ者、諸国行脚の道中にて、人へと教えを説きながら自分も修行をするという一種の虚無僧のような坊様であるらしく。しかもしかも、
「お前さんには、いっぱい訊きたいことがあるんだがな。」
 律義にも…というか、食べる物は粗末にしちゃなんねぇからと。ご指導いただいた通り、温かいうちにと かけ蕎麦を一気に手繰って、むしゃむしゃ・ごくんときちんと食べ終えてから、あらためてそうと言った親分だったのは。この、湯飲みに注がれた熱燗の酒を、しみじみ美味そうにすすってる、雲水みたいなお坊様とは、何かと浅からぬ因縁があったから。お調べの途中だとか、一斉突入と打ち合わせはしたものの、まだ他の捕り方の援軍は来てないぞというよな、早い話が自分しか駆けつけてないような段階ででも。ちょいと無鉄砲にも、勢いに任せての突撃を敢行すること多かりし、同心や与力の旦那がたどころか、お奉行の頭痛の種にもなってもいるよな、所謂“体当たり”捜査がお手のものという困った岡っ引きだったりするルフィ親分を。一体どういう巡り合わせなんだか、これまで何度もそんな現場に唐突に現れては、あわやという窮地から救ってくれた不思議なお坊様であり。あまりに見事、打ち合わせでもしていたかのような間合いのよさには、

  『(それって)ストーカーか疫病神じゃあないの?』

 そんなご助言を下さったむきもあったほど。危機を見落とさず現れるところは、成程ストーカー並みのフォローっぷりだし、危ない目に遭う場に必ず居合わせるということは、彼と同じ空間に身を置くと災厄が寄って来る、つまりは“疫病神”なんじゃないのかという揶揄だったのだが、

  「ほほぉ、そりゃあ光栄だ。」

 く〜っといい飲みっぷりで湯飲みの尻を持ち上げてから、ほうっと気持ち良さげな溜息を零したそのままの、それはそれは頼もしい男っぷりも壮健な。何とも凛々しく、何とも雄々しい面差しが、真っ向から自分へと向いたのへ、
「…あ、や。えと、あの。////////
 途端に語調が尻すぼみになっている親分さんだったりし。
「まさかに おっかないお取り調べじゃあなかろうな。」
 身を慎んで修行に励む、真面目なお坊様とはお世辞にも言ってはもらえぬ、見た通りの破壊坊主には違いないが、
「それでも、ご定法を破った覚えはないんだが。」
 くすすと笑った男臭さに、親分のまだ子供っぽさの色濃く滲むお顔が たちまち…ちょっぴり膨れての上目遣いになってしまう。確かに このお坊様、法を犯して何かしでかしたという、ご詮議が待ってたって身じゃあない。むしろ、捕り物途中に窮地に陥ったルフィを、庇ったり守ったり補佐したりと、何かにつけて手助けしてくれるありがたいお人であり、しょっぴくなんてとんでもない、逆に表彰して差し上げたいほどの存在で。ただ、

  「…何で、いつも。」
  「んん?」

 ルフィとて、罰しようと思って“訊きたいことがある”なんて言い立てた訳じゃあない。何でもない普段はなかなかその姿を捉えることが出来ない謎の坊様。自分が危ない目にあってる時ほど、頻繁に現れては助けてくれて。しかも、ここが一番腹立たしいのが、

  「礼を言う前に帰っちまうんだよっ!」

 いくら腕っ節に自信があるとはいえ、こっちはただの岡っ引きだから、十手以上の武装は出来ぬ丸腰で、しかもゴムゴムの技は刃物には相性が悪い。それと、水辺での格闘なんぞになったらば、やはりこっちには分が悪い。悪党にこそ悪魔の実を喰った者が多く、そんな自分に照らし合わせて知っているのか。それとも悪党同士の情報コミュニティーでもあるものか。(もしかして“美久恣意”とか?・笑)
『あの向かっ腹の立つ岡っ引き、実は水に弱ぇえんだと。』
 そんな情報が共有されてもいるようで。何となったら巧妙にも水辺へ誘い出しての突き飛ばしなんてな乱暴狡猾なあしらいを、故意に構えられることだってある。そんな絶対絶命の窮地にあってしまった時に、

  『おいっ! 大丈夫かっ!』

 ずんと場末の水場、しかも結構夜更けだったってのにもかかわらず。そんなところへ“たまたま”通りかかったからって、助けてくれたことが何度もあった。怖いもの知らずだが、水にだけは唯一 歯が立たぬルフィにしてみれば、何にも替え難いほどそれは助かった手助けだってのに、捕り物が終わるといつの間にか姿を消している。
「お礼なんて言われてもこそばゆいってのか? それともそんなつもりで手を貸してる訳じゃあないって?」
 ちょびっとお鼻がグズグズするのは、温かいものを食べたからか、それとも。やっと目の前へ現れたお目当ての人だってのに、思うことを思う通りに伝えるのが、これでなかなか難しかったからか。だってサ? だって、
「う〜ん。そうだなぁ。」
 目顔で屋台の主人へと“もう一杯”と熱燗を頼みつつ、
「そう言われりゃあ、その通りだってところかな。いい子のお手本であってこその親分さんでもあろうけど、お礼が言えねぇだなんて、俺へと限っては別に気に病むこたねぇんだぜ?」
 さらりと流してしまうところが、何だか小憎らしい。確かに理屈はよく判る。別に下心も何もなく、困ってるのを見過ごせなくて手を出しただけ。だから、鳧がついたんなら“じゃあ”と立ち去ってるだけ。もしやして自分だって、彼と同じ立場にあれば、同じことをしているかも…。

  “………そかな?”

 いや、もしも自分だったら。さっきの活劇、あすこで薙ぎ払ったのは痛快だったなぁ、でもその次のトコではヒヤッとしたぜだなんて、それを肴に盛り上がっての、意気投合って方へ持っていくのかも? 自分に置き換えると、そんな答えが出たもんだから。
“でもでも、それって…。///////
 ちょっと待て、おい、と。自分で自分にツッコミが入る。それってもしかして、下心ありありだってことじゃあないのか? もっと何か喋ってたい。仲よくなりたい、そんな気持ちがあるから、居なくなっちゃうのへと、こんなにもムキになってたってこと?

  「? どした?」
  「…っ☆」

 不意に、何へだかは知らないが ぐうの音も出ずというよな雰囲気となり、そのままお顔が真っ赤になってしまった。そんな親分さんの小さな肩へ。坊様の大振りの手がポンと載る。大きくて暖かい手は、そのまま肩口を暖めようとしてくれてるみたいでとっても優しかったけど。あんまり突然だったもんだから、
「あわわわ…っ!」
 熱いものでも乗っけられたみたいに、ひゃあっとその場から立ち上がりかかったルフィ親分であり、
「え? え? え?」
 こんな反応をされようとはと、今度はさすがに驚いた坊様が、
「…お。」
 ポトリと足元へ落ちた何かに気づいて、身を折ってまでして拾って差し上げる。
「お守り、落としたぜ?」
「え? あ、おおおお、おうっ。すまねぇなっ。///////
 真っ赤になって手を出したものの、小さな錦の袋を摘まんだ、相手のその手が…なかなか降りて来ず。
「?」
「いや。ちょこっとでも触れたら、またぞろ大騒ぎをするんじゃねぇかと思ってよ。」
「あ…。///////
 それってどこの女子高生ですか、いや、そんなもんは まだねぇって。そういう“ボケ&ツッコミ”が出来れば苦労はなく。またまた真っ赤になったルフィへ向けて、
「冗談だ。」
 くすすと笑ってから、開いた手のひらへポトリと落として差し上げて。
「でもまあ、気になってたんなら悪いことしたな。お勤めの方にも、気が散るなんて格好で支障が出てたかも知れねぇしよ。」
 さすがに諸国行脚は伊達ではないということか、随分と世慣れておいでらしく。丁寧繊細とは程遠いそれであるものの、ルフィの側の立場というもの、考えても下さって。
「…うん。」
 何をか思いついたらしく、そのままルフィの方へとお顔を向け直し、
「俺はゾロっていう。見ての通りの ぼろんじだから、特にどこといって足場がある身じゃあねぇが。親分の方から用があるときゃあ、シモツキ神社の境内の、一番大きい梅の木の枝へ、赤いこよりを結んでおくれな。」
 もうそろそろ可憐な蕾が膨らむ便りも聞かれよう、その梅をの木を何本も丹精していることで有名な神社で。一番大きいのというと、社務所の傍らにある枝垂れ梅は、満開になるとそりゃあ綺麗で、わざわざ見物にと訪なう人も沢山いるくらい。
「そんな中でこよりを結ぶのは恥ずかしいかい?」
「そんなこたねぇが…。」
 何だかそれって…と口ごもったルフィに代わって、
「何だかそれって、逢い引きの合図みたいですな。」
 屋台の主人のドルトンさんが、さらっと言ってくれちゃったもんだから、
「〜〜〜〜〜っ。///////
「あらまあ。」
 真っ赤になったルフィを前に、これは心ないことを申したかと、済まぬと謝ってくれた大柄なご亭。
「これはお詫びだ。」
 作業台の下で何やらごそごそ、七輪にかかっていた土鍋へと手を伸ばした彼がそこから何かしらを つぎ分けて、どうぞとルフィの前へ出した湯飲みに入っていたのが、

  「…甘酒だvv

 酒粕を溶いて甘みをつけた飲み物で、何と奈良時代からあったとされてる、歴史も古い存在なれど。これって実は夏の季語だというのをご存じか? 先に並べた熱い飲み物同様、暑い盛りに飲むと精がついて夏ばて防止になるからと、暑いときに汗をかきかき飲んでたそうで。滋養満点で酵母も含まれてるから、さぞや効いたに違いなく。とはいえ…それには実はもう1つほど事情があって。今ほど空調管理が出来なかった時代の酒蔵では、晩秋から春先までの限られた期間しか、繊細微妙な酒造りは出来ず。それでの副業にと、夏場はコウジを使って甘酒を作っていたのだとか。勿論のこと、体が温まる飲み物なので冬場だって供されており、神社仏閣では寒い折の行事に運んでくれた参詣者へと振る舞ってもいたそうで。
「さあさ、お飲み下され。」
 ふんわり漂う甘い匂いに、たちまち嬉しそうにお目々が輝くところが、まだまだお子様な親分さん。いただきますと、差し込まれた割り箸で掻き回しつつ、ふうふうと吹いては口をつけ、
「ん・っか〜〜〜っ。美味しい〜vv
 俺、酒は飲めめぇんだが、これは大好きなんだと、ご機嫌を一気に取り戻すところが、
“可愛いじゃねぇかよ、おい。”
 なんでこんな可愛いのへと、十手なんておっかないもの持たすかねぇと。お坊様が苦笑をし、そぉっと…ご亭へ目配せをする。それへ、
「…。」
 無言の無表情なままながら、それでもちらりと動いた眼差しで、承知という相槌を打ったドルトンさんであり…って、おややぁ? それってどういうことかなぁ?

  「…なあ、坊さん。」
  「今さっき、名前は教えたが。」
  「そだった。えっとぉ、ゾロ?」
  「ああ。何だ?」

 まだ熱いからか、おっかなびっくりの少しずつ。啜るように舐めるようにして甘酒を味わっていたルフィ親分が、先程より少しは落ち着けたのか、お隣りのお坊様へと声をかけて来て、

  「あんな? さっき言ってた“こより”だがよ。」
  「ああ。」
  「捕り物関係の用向きじゃないと…ダメか?」
  「???」
  「だから…。///////

 温かい飲み物に火照ったか、それとも…ほんの少しとはいえ入ってる、酒の成分が酔わせたか。またぞろ頬を真っ赤にしつつ、

  「ただ逢いたいって時も、そやって呼んでいいか?」
  「………おや。」

 四角くお堅く、どこか野暮ったい人性の強いドルトンさんでも、この一言に含まれてた想いには…すぐさまの察しがついたようで。おやなんて惚けた言いようじゃいけませんと、坊様へと向けて小さくかぶりを振って見せたほど。そんな視線からも責められて、息をつくような笑い方をした雲水さん、

  「ああ構わねぇぜ。」

 梅見がしてぇからとか、かざぐるまの板前と喧嘩して腹の虫が収まらねぇとか、そんなこんなで呼び出してもいいと。他愛ない例を挙げてやれば、
「…そか。///////
 やっとのこと、いつもの明るい…にぱりと音がしそうな笑い方をし、両手でくるんだ湯飲みを抱え、美味しそうに甘酒に舌鼓を打った親分さんだったのだった。







  「まさかにホントの酒を混ぜたんじゃなかろうな。」
  「それこそ、まさか。」

 大きめの湯飲みに注がれた、甘口の甘酒1杯で、あっさりと沈没してしまった親分さんへ。そろそろ暮色も暗くなりつつあるのにと、風邪をひかぬよう綿入れをかけてやりながら、屋台のご亭こと、ドルトンさんが苦笑をして見せ、
「ただまあ、しょうがを足したんで回りが早かったのかも知れません。」
「そういうもんかい?」
 自分はこんな甘いものには縁がないからと、ふ〜んと感心したお坊様。膳台の上へ突っ伏した、ルフィの幼い寝顔をしばし眺めてから、
「…済まないが、これは預からせてもらうぜ。」
 さっき落としたのを拾って渡した、小さな錦のお守り袋。袂にしまったのを覚えてて、そろりと抜き取り、渋い顔で眺めやる。これが実はただのお守りなんかではなく、ルフィの持ち物でもないことを、彼は、いやさ彼らはよくよく知っており。
「何でまた、この親分さんには、こういう厄介とか面倒が集まりやすいのかねぇ。」
「さあ…そういう機運をなさっているとしか。」
 いくら捕り物に関わる身だからったって、自分の猪突猛進やら向こう見ずやらで、危険な虎口へ近づいたり飛び込んだりするだけじゃあ足りぬのか。
「これにはご禁制の抜け荷の割り符が入ってる。こんな大事なもんを落とす間抜けに運がないのか。だったら親分は、いっそ運がいいってことにもなるんだろうかねぇ。」
 くつくつと低く笑ったお坊様。立て掛けておいた細長い包みから、とんと布を振り落とせば、中から現れたは3本の和刀であり、

  「そこここに隠れてんのは はなから承知だ、さんぴんども。」

 僧衣の佩へとそれらを差し込み、僧侶にはあり得ぬだろう、充実した威容をみなぎらせ、すらりと抜いたは、まずはの左右に2本。
「これをたまたま拾っちまったこの親分を、今日の一日追い回してやがってよ。夜を待っての闇討ちにかけようと思ってたらしいが、そうは運ばず残念だったな。」
 そんなくれぇ お見通しだとの啖呵を聞いて、本当にそうだったらしいその証し、ばらばらっと姿を現した輩が、ひい・ふう・みぃ…の、
「たった十五人とは、親分を舐めてやしねぇかね。」
 こんくらいだったなら、何も俺がしゃしゃり出るまでもなかったかねと、その口元へと浮かべた苦笑を深くしたゾロであり、
「うるせぇっ!」
 刀こそ構えちゃあいるが、雲水姿のお坊様。どうせ見かけ倒しの素人に違いないと、威勢のいいまま、最初の一人が腰のだんびら抜き放ち、
「てりゃぁあっっ!」
 一応は使い慣れているらしい、しっかと構えての猛突進で素早く切りかかって来たものの、
「…っ。ぎゃあっ!」
 躱す間も与えずに相手の懐ろへ飛び込んだと、周囲が見てほくそ笑んだのとほぼ同時、尻尾を踏まれたネコでももっと甘美な声を出すぞよと思ったほどの、ぎゃあっという野太い悲鳴を上げて。そのままぶんっと後方へ、元来た方へと飛ばされている。脾腹に熱湯を引っかけられたような痛感があって、ぎゃっと思ったときにはもう、足が地面から離れていて。
「柄だけで十分だな、こりゃ。」
 そんな悪態をついた坊様を見やれば、刀を片方、逆に持っており。どうやらその柄の先でどんと突いただけであるらしく、
「こ、このやろっ!」
 カァッと頭に血が上った次の数人が、一斉に切りかかって来たのへも、

  「があっ!」
  「かはっ!」

 慘…っと、単に刀を左右へそれぞれ斬り払っただけという構いつけにて、二人ずつの胴をがっつりと叩いて伸しており。峰打ちとはいえ、その峰、肋骨は折れてるだろう食い入りようで。一気に4人が畳まれて、残りのメンツが俄然…浮足立って来た。
「な、何だよ、何なんだよ、この坊主っ。」
 はっきり言って格が違う。これだけの人数、しかも全員が刀を引っ提げているが、それでも…こっちは一人のまんま、片手間に相手出来る。そんな相性だなと見て取ったドルトンさん、自分や眠っているルフィを人質にせんと寄って来た輩へ、
「ああっ、すみませんすみませんっ。」
 怖くて手が震えててなどと白々しくも言いながら、銅壷に煮立っていた湯をお玉でぶんっと引っかけてやり、
「ひゃあっ!」
「これこれ。親分が起きてしまう。」
 こっちへ倒れ込みかかるのを、とんっと掌打で突き飛ばす、余裕の対処を見せており。どうやらこのお方も、あのゾロさんとはお仲間か、

  “…そうね。
   都から派遣された隠密、若しくは つなぎの草ってところかしら。”

 おおう。いつの間にやら、傍らの煤けた白塗りの塀の上、瓦の屋根が載ってる上へ、危なげなく座っているのは、ここ、グランド・ジパング藩主様直属のくのいち、ロビンお姉様ではあるまいか。何だか騒がしいからと、宵の中、気配を辿って来てみれば。またまたあの親分さんと、あのお坊様が同座しており。何も彼らのせいじゃああなかろうが、

  “やっぱり疫病神なのかもしれないわねぇ。”

 しかも…微妙ながら、好奇心が無駄に旺盛な、親分さんの方が、と。何とも正確なところを言い当てて、くすくすと楽しそうに活劇を見物するお姉様。まだまだ底冷えのする、寒い夜が来る前に。

  “とっとと片付けて親分さんを送って行かねばね? お坊様vv

 楽しいお騒がせは、この分じゃあまだまだ当分は続きそうだわねと。嬉しそうに微笑ったロビンお姉様だったりしたのであった。



  〜Fine〜  07.2.01.〜2.02.

  *カウンター 232、000hit リクエスト
    貴子様 『麦ワラの親分さん設定での続編を』


  *なかなか更新が続かなくて申し訳ありません。
   タイトルの“甘いの辛いの”というのは、
   口にするもののこと、
   お腹を膨らますものと酒と、という意味だそうで。
   食い気が先走るのは女子供だけだとでも言いたかったのでしょうかね?
   時代劇の小説なぞ読んでおりますと、
   見回りの途中で立ち寄った屋台のソバ屋などで、
   “辛いのもいいが俺ゃあ甘いのも欲しいね、腹がすっかり北山だ”
   なんて、粋な言いようが出て来ます。
    ※北山というのは北を来たに引っかけた洒落で、
     (腹が)空いて来たという意味になるのだそうです。
   全国広く遍く、お酒が“辛いもの”になったのは、
   江戸に入ってからと聞きますので、
   この言いようもその頃に出来たものなんでしょうね。

ご感想などはこちらへvv**

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